大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 平成2年(ワ)731号 判決

三重県三重郡〈以下省略〉

原告

X株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

野島達雄

中村弘

山本秀師

伊神喜弘

名古屋市〈以下省略〉

被告

名古屋生コンクリート協同組合

右代表者代表理事

名古屋市〈以下省略〉

被告

Y1

名古屋市〈以下省略〉

被告

Y2

名古屋市〈以下省略〉

亡Y3訴訟承継人

被告

Y4

岐阜県各務原市〈以下省略〉

亡Y3訴訟承継人

被告

Y5

右5名訴訟代理人弁護士

石原金三

花村淑郁

杦田勝彦

石原真二

Y4・Y5訴訟代理人弁護士

北口雅章

林輝

名古屋市〈以下省略〉

被告

名古屋地区生コン卸商協同組合

右代表者代表理事

名古屋市〈以下省略〉

被告

Y6

右2名訴訟代理人弁護士

三浦和人

三重県四日市市〈以下省略〉

被告

北勢生コンクリート協同組合

右代表者代表理事

三重県桑名市〈以下省略〉

被告

Y7

右2名訴訟代理人弁護士

青山學

井口浩治

清水誠治

主文

一  被告名古屋生コンクリート協同組合は、原告に対し、金1890万4322円及びこれに対する昭和62年10月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

二  被告北勢生コンクリート協同組合及び被告Y7は、原告に対し、各自、金923万7762円及びこれに対する平成元年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告名古屋生コンクリート協同組合、被告北勢生コンクリート協同組合及び被告Y7に対するその余の各請求、並びにその余の被告らに対する各請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告と被告名古屋生コンクリート協同組合との間においては、原告に生じた費用の10分の1を被告名古屋生コンクリート協同組合の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告北勢生コンクリート協同組合及び被告Y7との間においては、原告に生じた費用の10分の1を被告北勢生コンクリート協同組合及び被告Y7の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告名古屋地区卸商協同組合、被告Y1、被告Y2、被告Y4、被告Y5、及び被告Y6との間においては、全部原告の負担とする。

五  この判決第一、二項は、仮に執行することができる。

事実及び理由(要旨)

第一当事者の求めた裁判

一 原告の請求の趣旨

1 被告名古屋生コンクリート協同組合(以下「被告名古屋協組」という。)及び被告北勢生コンクリート協同組合(以下「被告北勢協組」という。)は、訴外三菱マテリアル株式会社、同住友大阪セメント株式会社、同秩父小野田セメント株式会社、同宇部興産株式会社、同日本セメント株式会社、同敦賀セメント株式会社及び同電気化学工業株式会社並びにそれらの販売特約店に圧力を行使して、原告に対し、セメントの販売をせぬように取引拒絶させてはならない。

2 被告名古屋協組及び被告名古屋地区生コン卸商協同組合(以下「被告卸商協組」という。)は、建設業者に対して、同被告らが当該建設業者と既に契約済みの生コンクリート納入契約にかかる生コンクリート(以下「生コン」という。)につき、その全部又は一部の納入を拒否、延期若しくは保留すると告げ若しくはこれら行為を実行し、あるいは同被告らが、当該建設業者と生コン納入契約を以後締結しないと告げ若しくは締結を拒否するなどして、当該建設業者の原告との既契約にかかる生コン納入契約を破棄することを要求したり、あるいは当該建設業者が原告との間で生コン納入契約を締結しないことを要求してはならない。

3 被告名古屋協組及び被告北勢協組は、三重県四日市市、桑名市、三重郡、員弁郡及び桑名郡内において、正当な理由がないのに、生コンをその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給する行為をしてはならない。

4 原告に対し、被告名古屋協組、被告卸商協組、被告Y2(以下「被告Y2」ともいう。)、被告Y1(以下「被告Y1」ともいう。)及び被告Y6(以下「被告Y6」ともいう。)は各自1億5000万円、被告Y4(以下「被告Y4」ともいう。)及び被告Y5(以下「被告Y5」ともいう。)は各自7500万円、並びにこれらに対する昭和62年10月11日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

5 原告に対し、被告名古屋協組、被告北勢協組、被告Y2、被告Y1、及び被告Y7(以下「被告Y7」ともいう。)は各自10億円、被告Y4及び被告Y5は各自5億円、並びにこれらに対する昭和62年7月1日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

6 訴訟費用は被告らの負担とする。

7 4、5項につき仮執行宣言

二 被告ら

1 本案前の答弁

(一) (被告名古屋協組)

原告の被告名古屋協組に対する請求の趣旨1ないし3項の訴えをいずれも却下する。

(二) (被告卸商協組)

原告の被告卸商協組に対する請求の趣旨2項の訴えを却下する。

(三) (被告北勢協組)

原告の被告北勢協組に対する請求の趣旨1、3項の訴えをいずれも却下する。

2 本案に対する答弁

(一) 原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

(三) (被告名古屋協組、被告Y1、被告Y2、被告Y4、被告Y5。以下、併せて「被告名古屋協組ら5名」という。)

仮執行免脱宣言

第二事案の概要

一 本件は、生コンの製造販売業を営む原告が、

1 被告名古屋協組、被告卸商協組及び被告北勢協組に対し、同被告らが、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)に違反して、原告の営業権を侵害していると主張して、営業権に基づく妨害排除請求権に基づき、

(一) 第一の一1のとおり、被告名古屋協組及び被告北勢協組に対し、セメント製造業者である三菱マテリアル株式会社、住友大阪セメント株式会社、秩父小野田セメント株式会社、宇部興産株式会社、日本セメント株式会社、敦賀セメント株式会社及び電気化学工業株式会社(以下「三菱マテリアルほか6社」という。)、並びにそれらの販売特約店に圧力を行使して、原告に対し、セメントを販売せぬように取引拒絶させてはならないこと、

(二) 第一の一2のとおり、被告名古屋協組及び被告卸商協組に対し、建設業者に対して、同被告らが当該建設業者と契約済みの生コン納入契約にかかる生コンにつき納入拒否するなどし、あるいは同被告らが以後、当該建設業者と生コン納入契約の締結を拒否するなどして、当該建設業者の原告との既契約にかかる生コン納入契約を破棄することを要求したり、あるいは当該建設業者が原告と生コン納入契約を締結しないことを要求してはならないこと、

(三) 第一の一3のとおり、被告名古屋協組及び被告北勢協組に対し、北勢地区において、正当な理由がないのに、生コンをその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給する不当廉売行為をしてはならないことをそれぞれ求め、

2(一) 第一の一4のとおり、(1)被告名古屋協組及び被告卸商協組に対し、同被告らが、独占禁止法19条に違反して、原告と大成建設株式会社(以下「大成建設」という。)が締結していた生コン納入契約を破棄させたとして、民法709条、719条に基づき、(2)被告Y2、被告Y1、被告Y6、並びにY3の訴訟承継人である被告Y4及び被告Y5に対し、右契約破棄の際、被告名古屋協組ないし被告卸商協組の理事としてその意思決定を行ったとして、中小企業協同組合法38条の2第2項に基づき、各自に、後記第二の7(原告の主張)1の損害1億7769万余円の内金1億5000万円及びこれに対する不法行為日である昭和62年10月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求め、

(二) 第一の一5のとおり、(1)被告名古屋協組及び被告北勢協組に対し、同被告らが独占禁止法19条、中小企業等協同組合法の目的に違反して不当廉売行為を行ったとして、民法709条、719条に基づき、(2)被告Y1、被告Y2、被告Y7、並びにY3の訴訟承継人である被告Y4及び被告Y5に対し、右不当廉売行為の際、被告名古屋協組ないし被告北勢協組の理事として、その意思決定を行ったとして、中小企業協同組合法38条の2第2項に基づき、各自に、後記第二の七(原告の主張)2の損害13億4025万余円の内金10億円及びこれに対する不法行為日である昭和62年7月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求めた事案である。

第三争点〈略〉

第四証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

第五当裁判所の判断

一 争点一(被告北勢協組及び被告名古屋協組によるセメント製造業者への原告に対するセメント販売拒絶の働き掛け)について右当事者間で争いのない事実と、証拠によると、以下の事実を認めることができる。

(一) 生コンは供給範囲が限定され、在庫ができず、需要が不安定である一方、生コン業界は、少額資本による新規参入が容易で、慢性的な過剰設備状況にあった。

そこで、通産省は、昭和51年2月、生コンエ業近代化のための6項目を策定・発表し、生コンの安定供給のため、組合の組織化と共同販売の推進を指導し、都道府県単位で生コンエ業組合の組織化が進み、各生コン工業組合において、中小企業近代化資金等助成法及び中小企業近代化促進法に基づく過剰設備の廃棄を骨子とする構造改善事業を行った。また、地区毎では中小企業等協同組合法に基づいて組織された協同組合において生コンの共同販売事業を行っている(証拠略)。

他方、生コン業界は、セメント需要の約70%を占める主要な販売先であり、その販売価格はセメントの販売価格を大きく左右し、生コン価格の安定を図ることがセメント価格の安定につながり、セメント製造業者自身、セメントの販売分野の過当競争を防止することによりセメント価格の安定を図る利益がある。そこで、セメント業界も、右生コン業界の過剰設備の廃棄と生コンの共同販売事業に積極的に取り組み、独占禁止法に反しない限度で、カルテルを締結することで業界内部の協調体制を維持すると同時に、販売先である生コン業界の系列化(資本的、人的なつながりを有する。)を進め、内部統制を進めることによりセメント業界全体の安定策を講じている(証拠略)。

(二) そのため、愛知県では、昭和52年4月20日、愛知県生コンクリート工業組合が設立され(なお、被告Y2は、右組合の代表理事にも就任している。)、昭和46年に中小企業等協同組合法に基づき設立された被告名古屋協組が昭和52年9月1日から共同販売事業を開始した(証拠略)。

三重県では、被告北勢協組が、従前、組合員が個々に生コンの納入契約を締結していたが、昭和52年9月29日以降、共同販売体制をとった(証拠略)。また、三重県生コンクリート工業組合が、昭和56年ころ、前記構造改善事業の推進のため、三重県全体として、3年間に12工場の廃棄を計画し、北勢地区ではそのうち3工場を割り当てる計画を立て、同年5月20日、通商産業大臣により認可された(証拠略)。

2 原告代表者であったEは、昭和55年12月に労使紛争が解決し、津地方裁判所四日市支部で強制和議が認可された後の昭和56年1月以降、被告北勢協組に対して、原告の組合への復帰を求めたが、協議が調わなかった(証拠略)。

3 原告は、昭和56年ころ、生コン協同組合の非組合員であること及び過去に破産した会社であることを理由として、セメント製造業者から、バラセメントの納入を拒絶されたため、小口需要家向けの袋セメントを購入して生コンを製造していたが、袋セメントも原告の自社名では購入できなかった。

原告は、昭和57年1月ころ、株式会社草間生コンからバラセメントを購入することが可能となったが、同年10月以降は、同社もセメント製造業者からの供給を停止され、原告へのセメント供給が停止されるに至った。

なお、被告北勢協組は、昭和56年から昭和57年までの右期間、調査会社をして、原告の生コン出荷量を調査させていた。

4 昭和58年に入り、原告と被告北勢協組は、互いに生コンの価格を引き下げて受注を奪い合う状態となった。

原告は、生コンの原料となるセメントの調達に苦慮したものの、企業努力により、業績も順調に伸ばした。

5 昭和60年5月、Fが原告代表者に就任し、原告は、さらに業績を順調に伸ばし、昭和62年6月には、原告本社工場に生コンプラントを増設し、そのころには、北勢地区の生コンのトップシェアを占めるに至った(証拠略)。

そして、後記三のとおり、昭和62年4月、ホテル「花水木」の生コン3万立方メートルをめぐる受注競争で、原告が1立方メートル8800円で受注したのに対し、被告北勢協組は、同年7月1日以降の生コンの共同販売価格を1立方メートル当たり8000円に引き下げた。さらに、後記二のとおり、原告は、同年9月11日、「白鳥ミュージアムプラザ」工事につき、大成建設(同月当時の資本金583億6268万円)との間で、生コン納入契約を締結した。しかし、大成建設は、被告名古屋協組の組合員らが生コン納入を拒否したりしたため、同年10月9日、原告に右契約の破棄を申し入れ、原告と大成建設は同月11日、右契約を合意解除した。

その後、原告と被告北勢協組間では、生コン価格の引き下げによる受注先の争奪が激化し、被告北勢協組は、昭和63年6月30日の理事会で、生コン価格を1立方メートル7000円としたため、平成元年10月13日、公正取引委員会が被告北勢協組に警告を発する事態となり(証拠略)、被告北勢協組は、平成元年12月1日、生コンの共同販売価格を1万円に戻した(証拠略)。

6 平成2年9月19日、原告の関連会社である名泗生コンクリート株式会社(以下「名泗生コン」という。)ほかが発起人となって、愛知県生コンクリート協同組合(以下「愛知県生コン協組」という。)を設立した。愛知県生コン協組は、愛知県内の既存の生コン協同組合に所属しない、いわゆるアウトサイダーの生コン製造業者を組合員として、中小企業等協同組合法に基づき設立された事業協同組合であり、平成3年3月31日現在の払込済出資金は400万円である(証拠略)。

原告は、平成2年6、7月ころから、同年9月に愛知県生コン協組が設立した後は同協組と共に、複数の国内セメント製造業者に対し、現金取引を条件としてセメント購入を申し入れたが、原告らの申し入れにより新規取引に応じたセメント製造業者はいなかった(証拠略)。

7(一) a社(原告の輸送部門を昭和61年に分離独立させて設立された有限会社であり、原告のためにセメントなどの材料輸送を行っている。)のセメント運搬用車両が、平成3年8月、住友セメント桑名サービスステーションに入庫するための通行証となるゼッケンを車体に取り付けようとしたところ、乗用車から氏名不詳の男に写真撮影された後、右乗用車に追尾されたが、その後まもなく住友セメントから、原告に対し、被告名古屋協組に見つかったから右サービスステーションからのセメント供給はできないとして供給を止められ、原告は、住友セメント彦根工場からセメントを仕入れることになった(証拠略)。

(二) 被告名古屋協組は、平成5年3月12日、同被告の組合員である生コン製造販売会社の従業員をして、原告のためにセメントなどの材料輸送を行うa社が、原告が購入したセメントを住友セメント彦根工場から搬出して運搬する際、そのセメント運搬用車両を追尾させた(証拠略)。

8 平成5年以降、セメント製造業者は、需要の落ち込みなどにより過剰在庫を抱えている状況にあったが、原告が、同年6月ころ、複数のセメント販売特約店に現金取引を含む新規取引を申し入れたのに、被告北勢協組に加入していないことなどを理由にいずれも応諾されなかった(証拠略)。

9 原告は、国内でのセメントの調達が困難であるため、昭和61年11月ころからセメントを一部輸入により調達することとし、平成3年には、愛知県衣笠港などにセメント基地を取得したが、同年10月に取引先の倒産により、約5億円の貸倒れが生じ、バブル崩壊による不況に直面した。さらに原告は、平成7年に、名古屋市のゴミ焼却場「新南陽工場」を巡る贈収賄事件において、鹿島建設株式会社を含むJVから流れた不明朗な金員のうち7億円を大洋基礎工業から受け取って、東海土木工業に4億円を交付し、元名古屋市会議員にわいろとして贈られた手形を日産建設担当者の指示で振出すなど不正な金員の流れに深く関与していたとして、原告の実名が新聞報道されたことから、信用が失墜し、資金繰りに窮し、同年11月28日、津地方裁判所四日市支部に和議手続きの開始を申し立てた(同裁判所平成7年(コ)第一号、証拠略)。右和議事件は平成8年7月18日、認可され、原告は、その後現在に至るまで、被告らから取り立てて営業妨害を受けることなく、生コンの製造販売業を営んでいる。

以上の事実を認めることができ、右事実によると、被告名古屋協組は、独占禁止法19条が禁止する「不公正な取引方法」のうち一般指定の2(取引拒絶)に違反して、平成3年8月ころ、住友セメントに対し、系列生コン業者に対する出荷割当を減ずるとの圧力をかけて原告に対するセメントの供給を打ち切るように要請したと推認することができる。なお、前示のとおり、平成5年当時、原告が購入したセメントを原告の関連会社であるa社が住友セメント彦根工場から搬出して運搬する際、被告名古屋協組の組合員会社の従業員が追尾した事実が認められる。しかし、住友セメントは、桑名サービスステーションから原告に対するセメント供給を停止した後も原告との取引を継続し、平成5年当時、住友セメント彦根工場から原告へのセメント供給が停止していないことに照らして、右事実から、平成5年当時、被告名古屋協組が、セメント製造業者に対し、原告に対するセメント販売を拒絶させる働きかけを行っていたと推認することはできない。

ところで、前記事実によると、原告は、昭和56年以降、生コン協同組合の非組合員であることや過去に破産したことを理由に、セメント製造業者から、バラセメントの納入を拒絶され、袋セメントも原告の自社名では購入できずに、セメントの仕入先を転々と変更したこと、他方、被告北勢協組は、昭和56年から昭和57年までの間、調査会社をして、原告の生コン出荷量を調査させていたこと、さらに、原告が平成5年6月ころ、複数のセメント販売特約店に現金取引を含む新規取引を申し入れたのに対し、被告北勢協組に加入していないことなどを理由にいずれも応諾されなかったことが認められる。

しかし、一般に、事業者は、取引先となるべき者との当面の取引量、その他の附随的条件などの短期的要素、並びに取引の継続性と取引量に関する今後の見通し、取引先となるべき者の信用、資力、購入能力、当該取引が長期的にみて有利かなどの要素を総合的に検討し、経済的に合理的な判断の下に取引先を選別するものと解せられる。そして、前示のとおり、セメント製造業者にとって、生コン業界はセメント需要の約70%を占める主要な販売先であり、生コン販売価格の安定を図ることがセメント販売価格の安定につながり、セメントの販売分野の過当競争を防止することによりセメント販売価格の安定を図る利益がある。そのため、セメント業界も、生コン業界の過剰設備の廃棄と生コンの共同販売事業に積極的に取り組み、独占禁止法に反しない限度で、カルテルを締結することにより業界内部の協調体制を維持すると同時に、販売先である生コン業界の系列化を進め、内部統制を進めることによりセメント業界全体の安定策を講じている。したがって、国内のセメント製造業者が、従来から取引関係にある生コン製造業者との信頼関係を維持するなどの理由から、その経済的な利害得失を独自に総合的に判断して、経済的な信用に乏しく、セメント輸入を行う原告との新規取引に慎重になった可能性も十分に考えられる。

そうすると、原告が昭和56年以降、国内でのセメント購入が困難であった理由は、セメント製造業者が独自の判断で原告との取引に応じなかった可能性もあるから、右購入困難の事実から直ちに、被告北勢協組が、昭和56年以降、独占禁止法19条が禁止する「不公正な取引方法」のうち一般指定の2(取引拒絶)に違反して、セメント製造業者に対し圧力をかけて、原告に対しセメントを販売しないように働き掛けを行っていたと推認することは相当ではない。他に原告のセメント購入が困難であった理由が、被告北勢協組の妨害行為に基づくものであったと認めるに足りる的確な証拠はない。

二 争点二(被告名古屋協組及び被告卸商協組による生コンの納入拒否)について

認定事実によると、大成建設が白鳥ミュージアムプラザ新築工事に関し昭和62年9月11日、原告と本件納入契約を締結したのに対し、被告名古屋協組の組合員である複数の生コン製造業者が、右契約締結が判明した直後から大成建設の他の建設現場への生コン納入を拒否するなどした結果、大成建設は同年10月9日、原告に本件納入契約の破棄を申し入れ、原告と大成建設は同月11日、右契約を合意解除した事実を認めることができる。

なお、原告は、昭和62年から平成2年にかけて、被告名古屋協組及び被告卸商協組が、独占禁止法に違反して、被告名古屋協組の組合員に生コンを納入させるため、ゼネコンと同被告の組合員間の生コン取引を拒否するなどと圧力を加えて、ゼネコンに対し、原告と締結した右生コン納入契約を破棄するよう要求したため、ゼネコンから生コン納入契約を破棄され、原告に代わって被告名古屋協組の組合員が、右各会社に生コンを納入し打設した旨主張する。そして、原告代表者は本人尋問においてその旨供述し、証拠中にもこれと同旨の供述記載がある。しかし、被告Y1、被告Y2、Y3、及び被告Y6は、被告名古屋協組及び被告卸商協組が右事実を行った事実はない旨供述しているのであり、他に原告主張の右事実を認めるに足りる的確な証拠はない。したがって、原告代表者の前記供述部分及び供述記載は、被告Y1らの右各供述と対比するとたやすく採用できず、原告の前記主張は認められない。

三 争点三(被告名古屋協組及び被告北勢協組による不当廉売行為)について

認定事実によると、生コンの販売価格は地域的にかなり差異があり流動的であるが、被告北勢協組が、昭和62年7月1日の出荷分から実施した生コンの共同販売価格1立方メートル当たり8000円は、同被告が組合員に対し、助成金として、大手セメントメーカーの系列下の工場には1立方メートル当たり410円、それ以外の専業工場には1立方メートル当たり690円を交付していることからも、通常の生コンの販売価格を大幅に下回るものであり、特に、昭和63年7月1日以降の出荷分から実施した生コンの共同販売価格1立方メートル当たり7000円は、場合によっては製造原価を下回るものである。したがって、被告北勢協組は、右のとおり、生コンの販売価格を1立方メートル当たり8000円に値下げした昭和62年7月1日から、右価格を1万円に値上げした平成元年11月末まで、独占禁止法に違反して、生コンの不当廉売行為を行っていたものと認めることができる。

しかし、前記各証拠によっても、被告北勢協組の組合員への右助成金の交付は、同被告が独自に決定したものと認められ、原告が主張するように、被告名古屋協組が昭和62年7月1日、被告北勢協組と本件協定を締結して、同被告の不当廉売に対し1立方メートル当たり500円を援助することとして、そのダンピング資金として1年間に総額3億円を供与する旨約したとの事実を認めることはできない。したがって、被告名古屋協組が被告北勢協組と共同して右不当廉売行為を行っていたと認めることはできず、他に右事実を認めるに足りる的確な立証はない。前示のとおり、被告北勢協組は、昭和62年当時、生コンの年間出荷量が約60万m3であり、被告名古屋協組から、同年10月から昭和63年9月までの1年間に合計3億円の融資を受け、その返済を行っていない事実が認められるが、そのことにより、前記認定は左右されない。

四 争点四(被告名古屋協組、被告北勢協組及び被告卸商協組に対する差止請求権)について

いずれも認めることができない。

五 争点五について

原告の被告名古屋協組、被告北勢協組及び被告卸商協組に対する差止請求権は、いずれも認めることができないから、争点五(請求の趣旨1ないし3項の特定の有無)の被告らの本案前の抗弁については、判断しない。

六 争点六(被告らに対する損害賠償請求権)について

1 本件納入契約の破棄について

(一) 前記第五の一、二によると、次の事実が認められる。

(1) 被告名古屋協組は、名古屋市から白鳥ミュージアムプラザの建築工事を請け負った大成建設ほか4社JVが同被告に生コンを発注することを期待していたが、JVの構成員である大成建設は、昭和62年9月11日、本件納入契約を締結して、他県の業者である原告に生コンを発注した。

そのため、被告名古屋協組の組員らは、反発して、大成建設の既契約物件の割当を受けた生コンの納入分を同被告に返上し、実際、大成建設が施工する他の工事現場に対する生コンの納入を停止した。

(2) その結果、大成建設は工事の施工不能による混乱状況を収拾するため、同年10月上旬ころ、被告名古屋協組の理事である被告Y2と話し合いを行った。被告名古屋協組は、大成建設に対し、白鳥ミュージアムプラザの建設に使用する生コンにつき、同月12日時点の残量を含む全てを被告名古屋協組の組合員が製造する生コンを使用することを求めて、その旨応諾させた。

(3) 大成建設は、被告名古屋協組と右の約束をしたため、昭和62年10月9日、原告に本件納入契約を破棄する旨申し入れ、右契約は同月11日合意解除された。そのため、原告は、同月12日以降、白鳥ミュージアムプラザの建設現場に生コンを納入できなかった。

(4) 大成建設は、白鳥ミュージアムの建設工事に関して、同年11月4日、商社及び被告卸商協組を通じて被告名古屋協組に生コンを発注し、被告名古屋協組の組合員らが、右建設工事現場に生コンを納入した。

(二) 被告名古屋協組の責任

右の事実によると、被告名古屋協組は、大成建設に本件納入契約を破棄させるため、組合員らが大成建設の施工する工事現場に生コンを納入しなかったことにより大成建設が混乱に陥った状況であることを十分に認識した上で、その状況を利用して、大成建設に対し白鳥ミュージアムプラザの建設に使用する生コンを同被告から納入する旨約束させ、その結果、大成建設は原告に対し、本件納入契約の破棄を申し入れたものと認めることができる。

被告名古屋協組の右行為は、独占禁止法に違反して取引拒絶することにより、原告と大成建設との間の本件納入契約を昭和62年10月11日、破棄させたもので、生コンの製造販売業を営む原告の営業権に対する違法な侵害行為に該当すると認められる。したがって、被告名古屋協組は、原告に対し、民法709条に基づき、右不法行為により原告が被った損害を賠償する責任を負う。

2 不当廉売行為について

(一) 以下の事実が認められる。

(1) 被告北勢協組は、原告との受注競争のため、昭和62年6月23日に開催した理事会において、生コンの共同販売価格を1立方メートル当たり、それまでの1万2000円から8000円に引下げることを決定し、同年7月1日以降実施した。

(2) 被告北勢協組は、右共同販売価格を下げるに際して、各組合員の資金の補てんにあてるため、助成金交付規程を制定し、昭和62年7月1日から実施した。被告北勢協組は、助成金を組合員に交付するための資金などとして3億円を、被告名古屋協組から借入れた。

なお、被告北勢協組は、昭和62年7月当時、組合員数は18社19工場であり、生コンを年間約60万m3出荷していた。

(3) 被告北勢協組は、原告との受注競争のため、昭和63年6月30日に開催した理事会において、右の共同販売価格をさらに1000円引き下げて、1立方メートル当たり7000円とすることを決定し、同年7月1日以降実施した。右共同販売価格は、通常の生コンの販売価格を大幅に下回るものであり、場合により製造原価を下回るものであった。

(4) 原告は、昭和62年7月1日の被告北勢協組の右値下げにより、既に生コンの納入契約を締結していた取引先から生コンの価格を1立方メートル当たり約8000円に値下げするように要求され、半数の既契約について生コンの販売価格を値下げした。また、原告は、新規契約についても、生コンの販売価格を下げざるをえなくなり、昭和62年7月1日以降、値下げを行い、昭和63年7月1日以降、さらに値下げを行った。

(5) 公正取引委員会事務局名古屋地方事務所は、平成元年10月13日、被告北勢協組には右(1)、(3)の疑いがあり、同被告の右行為は正当な理由がないのに、生コン共同販売価格を低く設定し、需要者に供給しているもので、右は、被告北勢協組の地区内の非組合員の事業活動を困難にさせるものとして、独占禁止法19条に抵触するおそれがあるので、排除措置をすみやかにとるよう警告した。

(二) 被告北勢協組の責任

対価の決定は原則として取引の自由に属し、廉売行為が直ちに違法となるわけではないが、その廉売行為が自由経済社会における公正で自由な競争を阻害するおそれのある場合には違法なものになると解される。

これを本件につきみるに、前記(一)の事実によると、被告北勢協組は、昭和62年7月1日以降、原告との生コンの受注競争上有利な地位に立つため、その販売地域において、生コンの共同販売価格を1立方メートル当たり1万2000円から8000円、さらに7000円と値下げを行い、被告名古屋協組から3億円を借入れて組合員に助成金を交付するなどして、場合により製造原価を下回る価格で共同販売した。そのため原告は、被告北勢協組の右廉売行為により、生コンの販売価格を下げざるをえなかったものと認められる。

そうすると、被告北勢協組の右廉売行為は、生コン販売の公正で自由な競争を阻害するおそれがあるものと認められ、独占禁止法19条の「不公正な取引方法」を用いることに該当し、違法な行為であると解される。したがって、被告北勢協組は、民法709条に基づき、昭和62年7月1日以降の右不当廉売行為により原告が被った損害を賠償する責任を負う。なお、被告北勢協組は、中小企業等協同組合法に基づいて設立された事業協同組合であり、独占禁止法24条により独占禁止法の適用が排除されているが、同被告の右不当廉売行為は不公正な取引方法を用いる場合に当たるから、同条但書により独占禁止法の適用が認められる。

(三) 被告名古屋協組の責任

〈略〉

(四) 被告Y1、被告Y2及びY3の責任

〈略〉

(五) 被告Y7の責任

被告Y7は、被告北勢協組の代表理事として、各理事会に参加して、生コンの共同販売価格を独占禁止法に違反して値下げする各決議に賛同して右決議を執行し、独占禁止法が禁止する不当廉売行為を積極的に実施していたものと認めることができる。そうすると、被告Y7は、被告北勢協組の代表理事として、その職務を行うにつき過失があったと認められるばかりか、中小企業等協同組合法38条の2第2項所定の重過失により原告に損害を与えたと認めるのが相当である。

したがって、被告Y7は、中小企業協同組合法38条の2第2項所定の重大な過失を有する理事として、被告北勢協組と連帯して、右不当廉売行為により原告が被った損害を賠償する責任を負うものである。

七 本件納入契約の破棄により原告が被った損害(争点七)について

本件納入契約が履行されると、原告としては、白鳥ミュージアムプラザの建設現場に生コンを納入するため、(1)製造活動に関わる費用として、6億3483万1002円、(2)販売費及び一般管理費として、1273万8637円、(3)固定費として、4951万0539円の合計6億9708万0178円が増加する。

したがって、原告は、本件納入契約を破棄されたことにより、本件納入契約に基づく代金増加額7億1598万4500円から、同契約が履行された場合に増加する右費用6億9708万0178円を差し引いた1890万4322円の損害を被ったと認めることができる。

八 不当廉売行為により原告が被った損害(争点七)について

原告の30期(昭和62年度)の生コン1立方メートル当たりの販売価格は9581円、32期(平成元年度)の生コン1立方メートル当たりの販売価格は9868円であり、被告北勢協組の不当廉売行為がなかった場合の原告の生コンの推定販売価格は、生コンの1立方メートル当たり少なくとも8500円であると認められるから、右各期間において原告の生コン売上に損害が発生したと認めることはできない。

これに対し、原告の31期(昭和63年度)の生コン1立方メートル当たりの販売価格は8421円であるから、次のとおり、8500円と8421円の差額79円に1年間の出荷数量11万6933・7m3を乗じた923万7762円が、原告の得べかりし利益であると認めることができる。

以上によると、原告は、被告北勢協組の前記不当廉売行為により、31期の昭和63年4月1日から平成元年3月31日までの間、合計923万7762円の損害を被ったと認めることができるが、30期及び32期には、生コンの総売上において具体的な損害の発生を認めることはできない。

(裁判長裁判官 水谷正俊 裁判官 櫻林正己 裁判官 西野光子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例